第17回川越七福神巡りの街歩き |
街歩きクラブ
事務局:石黒 |
1.訪問地
川越七福神巡りの街歩き
2.日付
令和2年1月15日(水)
3.集合時間
JR川越駅改札口(午前9時30分)
4.ポイント
小江戸川越七福神巡りは昭和61年に発足した川越七福神霊場会によって続けられたも
ので七福神巡りをしながら川越に残る多くの史跡(時の鐘、菓子屋横丁)や観光スポットに立
ち寄りながら楽しめるコースです。(約6Km)。各寺院に水琴窟があり注目して巡ります。
5.食 事 うなっ子(うなぎ専門) いも重(ご飯に芋が入ったうな重)
6.コ ー ス
川越駅 �妙善寺 �天然寺 �喜多院 �成田山川越別院 �見立寺
9:30
時間を見て(昼食)又は�連馨寺�妙昌寺 小江戸蔵里(土産) 川越駅(解散)
12時30分頃 15時〜16時位
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川越七福神巡り最初の一番の「毘沙門天」の妙善寺
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一番の「妙善寺」開山は尊能法印が寛永元年に建立された。
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最初の水琴窟で、水を流すも町中で騒音があってハッキリと聞こえなかった。
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境内にある川越の街に相応しい「川越さつまいも地蔵尊」胸にさつま芋を抱えている。
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妙善寺を出た所にある「六地蔵」赤が綺麗であったので写真を撮る。
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二番目は少し歩いて国道16号に面している「天然寺」
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二番目の水琴窟、こちらは水琴窟の中に竹筒があり耳を近づけると良く聞こえた。
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「天然寺」天文3年(1554)9月開山栄海上人により創建されました。
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「寿老人」は長寿の神として信仰され、左手に長寿のしるしの桃を持っている。
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天台宗別格本山中院といい鎌倉時代創建、喜多院の天海上人が来るまではこの地の中心的な寺院、島崎藤村のゆかりのある寺院。
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家康が亡くなり日光山に会葬の途中、4日間遺骸を4日間喜多院に留めて大法要を営み、境内に東照宮を祀られた。
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「喜多院」だるま市が有名で「川越大師」として親しまれる寺院。
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「大黒天」糧食財宝を授かる神として黒くなってまめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと大福利益得る
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寛永16年山門と日枝神社の間の古墳の上に造られ、昭和48年現在の位置に解体修理され復元
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喜多院の客殿のある庭に水琴窟があった。
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成田山川越別院の山門
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「恵比寿天」は福の神の代表で、本来は異郷から来臨して人々に幸福をもたらすとされた神様
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川越のお不動様として親しまれております、毎月28日の蚤の市(骨董市)は有名です。
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境内にある水琴窟、甕がむき出しになって珍しかった。
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「川越熊野神社」室町時代に紀州熊野本宮大社から分祀、最近は縁結びの神として有名となった
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八咫烏は天武天皇を大和の橿原まで先導した導きの神として信仰、三本の足は天地人を表す
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「連馨寺」天文18年(1549)に創建された浄土宗の寺院、毎月8日は呑龍デーが開催される
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「連馨寺」天文18年(1549)に創建された浄土宗の寺院、毎月8日は呑龍デーが開催される
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七番目の「妙昌寺」永和元年開創し城下町整備で現在地へ移った、「弁財天」運を開き福招く女神。
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境内にある水琴窟、音色はあまり良く聞こえなかった。
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六番目の「見立寺」永禄元年(1558)開山、「布袋尊」は大きな袋を持ち吉凶占い福を施すという。
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開放感のある庭にある最後の水琴窟、音色の違いに十分堪能しました。
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昼食は「いも膳」でご飯にイモが入っている「いも重」をいただきました。美味しかった。
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今回の参加者は全員で17名、お店で手前に座った皆様です。
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お店で奥に座った皆様、前の写真で小さくなってしまったので撮りなおしました。
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川越七福神巡りで集めたスタンプ集です。今年も街歩きの皆さんにとって良い年になるように祈念しながら押しました。
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